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こっそり
風が強いな、と誰かが云った。男女の区別がつかないその声もまた、どこかしらから風に乗ってやってきていた。
ここにもし、祖国の旗があったのならば士気は上がるに違いない。カインは思った。
戦いを交えたこの旅は予想以上に長い。いったん張った緊張を緩める暇もなく次の試練がやってくる。
それも、足音も立てずに。疲労は人々の神経を尖らせ、不安をあおり、平常心を失わせる。
……俺だってどうなるか、わかったもんじゃない。
彼は独りごち、空を仰いだ。元来赤い髪が鈍く光った。鳥の群れが一斉に羽ばたいて行く。
そのうち、その音にさえ怯えるようになるのだろうか……。
自分らしくもない。
カインはかぶりを振った。
「カイン、おい、カイン」
名を呼ばれて振り返ると、そこにはドーガが立っていた。相当の重装備にもかかわらず涼しい顔をした
この男はいぶかしむようにカインの顔を覗き込む。
「心配事でもあるのか」
カインは返答を詰まらせた。何か云おうとし、息を吸い込むがなかなか言葉が出てこない。
何を云ったらいいのか。
心配事がないと云ったら嘘になる。だが何を心配しているのかと問われてもただ「わからない」としか
答える事しかできないだろう。この旅には自ら望んで参加した。不安はないはずだった。
何より愛する祖国のため、祖国の王子のためなのだ。戦いに勝利し、祖国に平和をもたらす、あまりに単純な、
疑問の挟む余地などない目的のはずだった。
それなのに、なぜ胸の内がざわめくのか。
「……たいしたことじゃないさ」
やっとのことで返答をする。
ドーガは納得のいかない表情を浮かべたが、何も云っては来なかった。
「すまないな、いらん心配をかけて」
「まあ……あんまり無理するなよ。おまえはカーっとなったら突っ走るところがあるからな」
カインは思わず苦笑した。
「そう云うな、これでも大分ましになってきてるんだぜ」
「まあそうだけどさ。仮にも騎士団長なんだから、もうちょっとビシッとしてもらわなきゃ困るよ、ビシッと」
ドーガがおどけて云う。
呼吸が、一瞬だけ止まった。
「してるだろ、それは十分」
考える間もなく云う。だがそれは嘘だ。
嘘だ。
「まだまだ足りねえよ」
ドーガはいつものように発破をかけてくれている。
それはわかっている。
だからこちらもいつものように応じる。ドーガの気持ちは痛いほど理解しているからだ。
「じゃあまた後でな」
普段と何も変わらないやり取り。他愛もない。珍しいことなどなにもない。
騎士団長。
カインは自分の身を護るこの鎧が、こんなにも重いのかとぼんやり思った。
出立の時間が迫ろうとしていた。
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